グラマン F6F ヘルキャット
(海軍)

Grumman F6F "Hellcat"

F4Fの性能向上型(海軍が1940年12月にグラマンに内示)として、また艦載機としてのF4Uが失敗した場合の保険機として開発が始められた機体。比較的新技術を多用したF4Uに対して徹底的に保守的に設計されており翼の断面についても前作F4Fと同じ形態をしていたことからもそれがうかがえる。ライト.サイクロンR2600-16(1600HP)を装備した試作1号機は1942年6月26日に初飛行、性能が目標に達しなかったため海軍からプラット&ホイットニーR2800を指定され装備、性能は向上したが最初はトラブルが続出したと言う。初陣は1943年9月1日のマーカス島攻撃で終戦までに日本機5156機を撃墜破している。本機はよく凡作機と呼ばれ比較的機体自体の評価は低いがしょせん兵器と言うものは戦争自体の勝利に貢献していくらの世界であり、その点でも太平洋最強の戦闘機であった。生産は1945年11月まで行われF6F-3とF6F-5を主として合計12275機が送りだされた。
発動機 :P&W ダブルワスプ R-2800-10 空冷星型18気筒 2000HP
寸 法 :全幅13.056m、全長10.312m
重 量 :自重4128kg、総重量5643kg
最大速度:603km/5280m
上昇時間:上昇率として1067m/min
武 装 :12.7mm×6、爆弾454kg×2
備 考 :上記性能は3型


グラマン F4F ワイルドキャット
(海軍)

Grumman F4F "Wildcat"

計画当初はF3Fのエンジンパワーアップ型の複葉機であったがライバルであったF2A(バッファロー)が単葉機であったため単葉に改められたもの。試作機は1937年9月2日に初飛行(XF4F-2)、海軍の審査の結果ライバルのF2Aが採用(F4Fの問題点は中翼式で船で輸送しにくいといった程度であったらしい)された。しかし性能の高さに感銘を受けていた海軍はグラマンにF4Fのいっそうの性能向上を指示、エンジンに2段過給器を装備の上、性能向上型を示し海軍との再度交渉の結果1938年10月にXF4F-3として契約、1939年8月にF4F-3として制式採用(発注54機)された。のちに太平洋戦争が始まり、当然アメリカ海軍戦闘機として作戦に参加したがベテランを要した日本海軍戦闘機隊に押され気味であった大戦前半を差さえ、F6Fにバトンタッチするまで活躍している。生産は原型試作機を除き7898機(このうちGM製のFM2系列が5927機)であった。
発動機 :P&W ツインワスプ R-1830系列 空冷星型14気筒 1200HP
寸 法 :全幅11.6m、全長8.5m
重 量 :自重2760kg、総重量3615kg
最大速度:531km/5700m
上昇時間:上昇率として811m/min
武 装 :12.7mm×4
備 考 :上記性能は3型